武蔵の人間関係克服論

大学4年生。中高生時代の引きこもりやいじめなどなど、人間関係の悩みの経験を通して気づいたこと、昔の自分と同じ悩みを持っている人へのエールを雑に書いていく。昔の自分の相談相手・居場所になりたいです。お気軽に連絡くださいな!※このブログで発信することは誰かを誹謗中傷するためのものでは一切ありません。また自身の経験と勉強を踏まえた意見です。一個人の主張として捉えてください。

どんなに陰キャラでも人生を充実させる2つの方法

どうも、武蔵でーす。

 

人間関係を円滑に、人生を充実させるためには基本的に二つの方法があると僕は思っている。

 

その二つの方法とは

1人の時間を充実させること

・自分から求めていくこと

だと思っている。

 

僕は以前、一人で暇な時間があるときでも趣味に没頭することなく、常に何かを不安に感じ、無気力的な状態がずっと続いている時があった。

何かやろうと思ってもなぜだか体が動かない、やる気が出ない。夜遅くになって「今日も何もできなかったな」と後悔し、夜更かししてしまう。

 

Twitter,Instagramをぼーっと眺めていて、同級生が楽しそうな写真をアップしているのを眺め「なぜ自分はこんなにもつまらない人生を送ってるんだ」とため息をついてばかり。

 

一体どんな不安が無気力にさせていたのかを考えてみると共通して言えることがあり、それは「他人と自分を比較して劣等感を感じていた」ということだった。

 

他人と比較するのをやめちゃえばいいんだよ、と簡単に言ってしまえるほどのものではない。じゃあどうしたらいいか?

それは「没頭できる何かを見つけていること」というのが非常に大きいと感じる。

 

趣味をやっている時間はとても集中力が高い状態

余計なことを考える隙などない。結果的に、メリハリをつけて趣味に集中する時間をとることで、精神的なストレスを解消できるのではないかと思う。

 

あともう一つは、そう言った趣味などの没頭できるものを自分から積極的に探しにいくということだ。

なんとなく食わず嫌いしているものも意外と多い。お金がかかりすぎるものはとっつきにくいかもしれないが、様々なジャンルのものに手を出してみる習慣をつけるといいと思う。いつの間に没頭できる趣味に出会えるかもしれない。

 

僕は最近「ナノブロック」にはまっている。もともと手先が器用ではないけれど、ナノブロックは慎重な細かい作業だからか、余計なことは一切忘れて一人の時間をゆったり過ごしている。

 

よかったらコメントや質問等よろしくお願いします!

今日はこの辺で。 

スクールカーストの最底辺から脱出するたった1つの方法

中学、高校といえば青春!文化祭!体育祭!修学旅行!恋!

 

いや、違う。

 

スクールカーストに組み込まれるということ。

 

「あいつらは楽しそうに幸せそうにしてるのに自分は

「なんで自分ばかり嫌な思いをしてばかりなんだろう」

 

そう思い続けてしまうよね。

 

では、一体どうしたらこのような「妬み」「恨み」から解放されることができるんだろう。

 

それは、

スクールカーストに自分から関わることをやめる

すなわち

他人と自分を比べることをやめること です。

 

スクールカーストとは

比較の化け物と言えるぐらい他人と自分の差を埋めようと人を好き嫌いし、蹴落とそうとするなんともドス黒く、他人を気にしてストレスを抱える人の習性

だと僕は思っている。

 

表面だけしか知らない相手のことと全てを知っている自分とを比べたって意味がない。

 

相手の苦労している部分、辛い部分を想像しようとしない(というかするつもりもない)。つまりバイアスのかかりすぎた比較になってしまうから。

 

どのように他人と比べることをやめるか、それは訓練だとぼくは思う。

 

他人と比べてしまうのがくせなら、常に趣味のこと、楽しいことを考えるようにし、

 

人のことをつい見てしまい、自分と比較してしまうなら、他人を見ないようにする。

 

なんども繰り返し伝えようと思っているが、このブログを読んですぐに何かが変わるということは難しい。

 

訓練、行動してこそ効果がある。

 

それが第一の心得。

 

きょうはこの辺で。

「許す」方法

前回の記事では

どんなに嫌な奴でも許さなければならないと書きました。

 

でも冷静に考えて許したところであなたと彼らの関係がすぐ改善される訳ではないし、そもそも許すなんて、と思う人もいるでしょう。

今回はどのようにしたら相手を許すことができるのかを書いていこうと思う。

 

正直に言ってぼくは大学に入るまで許すことができなかった

 

 

あなたがそのまま自分をいじめてくるやつを許せずにいたらどうなるか?

 

まず、永遠にそいつらに苦しめられることになる。

そして、そいつらのことを意識するがためにストレスを抱え、そいつらとの嫌な記憶ばかりが頭の中を埋めていく。

そして消えない傷となって一生苦しむと言っても大げさではない・・・

 

 

もういちいち彼の言うことやることで感情を動かされないようになること。 

 

そうでなければ永遠に苦しむことになるんです。

 

じゃあ、許したとして自分がすぐ気楽になって人生が急に生き生きしだすのか?そうではないかも。そのために必要なもの、自分が克服した時に周りにあったもの。次回はそれらについて書いていこうと思います。

 

では今回はこの辺で。

 

 

どんなにいじめられ、苦しめられても、そいつを許さなければならない

どうも、武蔵です〜

 

仇と言っても良いほどの

自分をいじめてきた奴、

自分をハブいてきたやつ、

グループワークで悪びれもせずサボり自分だけ恥をかかせた奴

 

いつか見返してやりたい、自分があいつらの上に立って、見下してやるんだ。

そう思ったことのある人は是非最後まで読んで下さい。

 

僕は中学ではイジメとも取れるようなイジリに悩まされ、痛い視線を浴び、死にたいと思うほどのストレスに悩まされつづけていました。

 

でもふと、大学生となった今、

 

ゆるしてもいいや、って思ったんです。

 

なぜ恨むべき相手を許して良いと思えるようになったのか?

 

それは

もし彼らを許さないのならそれは自分がその人たちに対してイライラしたりと感情を揺さぶられる続けると認めたのも同然だからなのです。

そんな自分を見るほど相手は楽しむ、つまり感情を揺さぶられるだけ無駄。

 

「これからもどうぞいじめてください、そのたびにあなたが欲しがるような嫌な顔嫌な気持ちになりますから」

 

そう言っているようなものだと僕は思うのです。

 

だから許す、

 

冷静に「許せるはずないやん」そう思うはずだと思いますが許さなければ進歩がないのかなと思いました。

 

今回はこの辺で

他人と比べないようにするためにすべき訓練

陰キャラにありがちなこと

「他人と自分を比べて嫉妬、自分を卑下すること」

 

あいつは人のこと見下すくせして、自分には冷たいしいじめてくるしなんなんまじで。

 

ってね。悪い奴ほど学校のスクールカーストの上位にいる。

それに比べ僕は。。。なんどもこの「無意味な比較」に悩まされ、今日も自分の心が痛む。

 

他人と比べるのをやめるのは日本人の習性からして難しい。

なぜなら、受験して良い学校に入る、クラスでは周りに合わせて余計なことはしないことが美徳、苦しんで勝ち取ることこそ美徳

 

こんなにも比較される機会が多いのだ。

 

別の記事でも述べたが、自身を変えるには訓練が必要。

思い込んで自己暗示かけて頭に刷り込む。

 

勉強を例にして他人と比べるを止める方法を書いていく

①昨日、一週間、前回のテストから、今はどんな結果が出てるか

②前に進んでる、良い結果が出てる→自分にご褒美を

③もし成績が下がったのなら、落ち込む前に「なぜこうなったのか」を考える。

 

こうした理由を考え、なぜ?を重ねる

そうしていけば落ち込んでる隙なんてない。どうすれば成績が上がるか前向きになれる。

 

人間関係についてもそうだと思う。

ではこの辺で。

 

 

 

人の目線が気になる人へ その2

前回の記事で人の目線を気にする必要がない具体例について話した。

 

でも目線をきにせざるをえない毎日拘束されるストレス&地獄の果てが一番身近にある。

 

それは学校だ。

前回の記事を読んだ人に「気にする必要はない?無責任かよ」と思われてもしかたがない。

 

僕は中高六年間ぶっちゃけ陰キャラの中の陰キャラだった。

 

一人でいる自分を見られるのが強烈にきつかった。ストレスでしょうがない。

 

例え僕がドヤ顔で人目を気にしなくて良いなんて言っても多くの時間を過ごす学校での目線が一番きついんだ、そこをなんとかしなきゃいけないのが経験者としての僕の使命だと思うのだけれど、

ぶっちゃけこうすれば正解というものはない

 

でも対策をすることはできる

 

その8割を占めるのは心の持ちかただと確信している。

 

今は苦しいかもしれないけれどこのブログを読んでいくことでどんな苦しい状況も気にならなくなるし、泣くに泣けない夜を過ごすこともない。

読んでくれる人がそう思ってくれるよう前進していくので、これからもよろしくお願いします。

 

じゃあまずは何をすればいいのか?それは考えかた、心の持ちかたを訓練することだ。

 

 

周囲の視線に敏感になるのであれば、あらためて人は自分のことを見てない根拠を頭の中で繰り返し、反応しないことに慣れていく。

 

と言ったように訓練し、

自分の脳をコントロールするような感覚で、徐々に視線をものともしない自分になっていく。

すぐできなくても諦めないでほしい、結局のところ一番必要な慣れが圧倒的に足りてないのだと思う。

 

 

 

 

 

 

人の目線が気になる人へ

どうも、武蔵です。

 

今日書いていくことは陰キャラ引きこもりをいつも悩ます「人の目線」について。

 

外出していると特に自分が何をしたわけでもないけれども、

赤の他人の視線を感じ「あ、自分何かしちゃったかな」「なんか変なふうに思われてないかな」と無用な心配をしてしまうことってあるよね。

 

そのせいで余計にストレスに感じてしまって今日もブルーな気持ちに。。。よくありがちだと思う。

 

 

でも人は君が思うほど、君のことには関心もないし見てもいないんだよ!とよくいうけれどそれがなぜ本当なのか具体例をあげるのでよく考えて見てほしい。

 

例えば、電車に乗ってたら出発ギリギリ見知らぬ人が駆け込み乗車をしてきた。

間に合った安堵からかその人はなんだかにやけてる。

ここで質問、君はこういった見知らぬ人が少し目立つことをして視界に入ってくるシーンに遭遇した時、何かその人に対して考えたりするか?と言うこと。

 

 

「何この人、ああん?」

とか

「いや、何にやけてんだよ、遅延したらどうするんだよこの・・・!」

 

なんてこと考える隙もなく何もなかったかのようにスマホに目を落としtwitterのタイムラインを更新することでしょう。

 

逆もしかり、タダでさえ駆け込み乗車のような目立つことをしたって誰も注目しないんだから、ただ生きているだけの君は風景の一部なのだよ!

 

つまり気にすることはない、前向いていこう。

 

コメントやご連絡、相談などはお気軽におねがいします。

 

今日はこの辺で。